尚禮舘初段 福元学さんインタビュー


福元学/Fukumoto Manabu

所属:尚禮舘 

宮崎県体操協会トランポリン委員長

空手道の信条を生活に活かすべし!

 

尚禮舘の指導法で多くの教え子を輩出。

宮崎県スポーツ功労者賞を受賞した福元学さんのインタビュー

 

今回は、尚禮舘本部の福元学さん(初段)に話をお聞きして

ご自身や 尚禮舘空手の魅力をお伝えしていきます。

 

大阪出身の福元さんはトランポリンの選手として活躍し 38才の時に大阪からご両親の故郷宮崎県都城市に移住します。

 

都城市内ての体操指導で多くの教え子を輩出し全国大会に多数出場。

その功績が認められ令和元年に宮崎県体育協会スポーツ功労賞を受賞しました。

 

その指導には尚禮舘 平川師範の空手の指導方法が活かされているといいます。

 

 

では、インタビューをどうぞ!


中学二年生の時に衝撃を受けたブルース・リー氏と尚禮舘基礎組手2段 3本目

 

 伊覇:こんにちはお久しぶりです。本日はよろしくお願い致します。

まずは、福元さんのご出身と生い立ちからお願いします。  

 

福元:よろしくお願いいたします。

私は大阪の東大阪市出身で両親がどちらとも宮崎県都城市出身でした。

 

小さい時から野球をやっていましたがバク転がしたくなり体操部に入ります。

 

体操にハマって進路のことを考えたときに日本体育大学に入りたかったのですが…. 両親のに「どこにそんなお金があるんだ!」と言われ()

 

結局、南大阪にある大阪体育大学に入学しました。

 

体操をするつもりがトランポリン部があり衝撃を受けてはいりました。 それから大学在学中から28歳まで仕事をしながら現役でやりました。

 

 

伊覇:もともとは体操やトランポリンに打ち込んでいたのですね。 空手や武道の興味はいつ頃からあったのですか?

 

福元:はい、中学2年生の時にブルース・リーの映画に出会いずっと興味がありました。

 

でもやはり体操競技をしていましたのでそのまま。

 

30才すぎてから当時の住まいの近く、住吉の武道館の糸東会の道場に通うようになり黒帯までとります。

 

試合では大学生たちに組手ボコボコにされました()

 

今となればいい思い出です。

 

 

伊覇:大阪から宮崎へはどの様な経緯で来たのですか?

 

福元:1998年に38歳の時に大阪と同じ様な体操クラブがあるという事で都城にきました。

 

 

伊覇:昔から両親の田舎への憧れはあったんですか?

 

福元:子供の頃から母親の実家の方に帰っていたので憧れがありました。

 

田舎暮らしが楽しく思いました。

 

大阪から引っ越してきて違和感なく自然と溶け込む事ができました。

 

 

伊覇:尚禮舘に入会したのはいつ頃でしょうか?

 

福元:2009年の8月に入会しました。

 

なぜ、覚えているかというとその年に小学生の体操の大会が沖縄でありました。

 

その前に平川先生の事を宮崎日々新聞で知ってお電話で問い合わせしました。

 

 

伊覇:大阪で習っていた糸東会と尚禮舘の空手で何か違いがありましたか?

 

福元:初めて平川先生のサンチンを見た時にこれが本当の沖縄剛柔のサンチンなんだ。と驚きました。

 

色々な空手の動画を見ますが剛柔流の接近した技が毎回僕にとっては秘伝なんです。

 

いつもあっと思って。

 

(空手が)やめられないんです。

 

 

伊覇:平川師範の元で指導をうける中で福元さんの体操の指導法などにも変化がありましたか?

 

 

福元:もちろん平川先生の指導が参考になっています。

 

師範の指導のキャパシティが広く10年以上習う中でも毎回気づきがあります。

 

体操でも色々な子がいるので、逆立ちがすぐにできる子供やできない子に対してその子に合った指導を心がけてその子たちが次は何を教えてくれるんだろう。と思える様にしています。

 

今度稽古に行ったら何を教えてもらえるんろうと僕自身も空手を楽しんでいます。

 

 

伊覇:2019年宮崎県のスポーツ功労賞のお話しを聞かせてもらえますか? 

 

福元:() こちらに来て22年経ちます。

 

僕は中学生までしか見ませんが体操競技を指導する中で大学まで体操をやって教員になる子たちがまた宮崎に戻ってきて審判をやったり、指導者になったりと。

 

九州選抜ぐらいまで連れて行った子が何人か。

 

そこら辺を評価してもらったんだと思います。

 

 

伊覇:それは嬉しいですね。

 

福元:そうですね。嬉しいですね。

 

 

伊覇:2018年より尚禮舘の事務局を大阪で立ち上げたのですが都城の本部では何か変化がありましたか?

 

福元:そんな大きく変化はありませんが、稽古見学にくる方が変わったり、他流派の方が訪ねてきたりしました。 そして各地に尚禮舘の同志が増える事でとても励みになっています。

 

 

伊覇:最後に将来の展望や本部での個人的な活動など考えていますでしょうか?

 

福元:平川先生が僕より10歳年上なので、先生を見習って70歳まで動ける様に。

 

さらに80歳になっても動ける様にと思っています。

 

僕の中で平川先生はお手本なんです。

 

健康に生活する為のお手本、人に指導する為のお手本。

 

永遠に平川先生は私の中で目標だと思います。

 

都城でも多くの方に型に関して多く知ってもらいたいと思っています。

 

「型で稽古する」という事を広めていきたいです。

 

 

伊覇:本日はお忙しい中ありがとうございました。

制作:尚禮舘事務局 インタビュアー:伊覇 2021年8月31日発表